「それ、ハラスメントになりますよ」
この一言が怖くて、部下に何も言えなくなった管理職が今、日本中にいる。
パワハラ、セクハラ、モラハラまでは分かる。
だがカスハラ、スメハラ、ヌーハラ、ロジハラ・・・気づけば日本のハラスメントは50種類を超えると言われ、ついには「ハラスメントだと騒ぎすぎることがハラスメント」を意味する**ハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)**という言葉まで生まれた。
注意したら「パワハラ」。
注意しなかったら「放置」。
じゃあどうすればいいんだ・・・と思っている人に向けて、「何がハラスメントなのか」を世界はどう決めているのか、国際比較の論文で整理してみた。
結論から言うと、世界には明確な「線引きの基準」が存在する。日本に足りないのは規制ではなく、この基準の共有だった。
「何がハラスメントか」は、実は国によって全然違う
2018年にPersonnel Review誌に掲載された研究(被引用数86件)は、世界13カ国・199人の人事担当者にインタビューして、「どんな行為をいじめ・ハラスメントとみなすか」を比較した[1]。
結果は興味深いものだった。
人格攻撃と身体的威嚇は、ほぼ全世界共通で「アウト」。
ここは文化に関係ない。
一方で、仕事上の厳しい要求や、飲み会に誘わないといった「社会的な距離の取り方」は、国によって判定がバラバラだった。
ある国ではハラスメント、ある国では「普通の仕事」「個人の自由」。
つまりハラスメントには「世界共通のコア」と「文化で決まるグレーゾーン」がある。
日本で起きているのは、このグレーゾーンが無限に拡大していく現象だ。
2011年にJournal of Business Researchに掲載された6大陸比較研究(被引用数200件)でも、職場のいじめ的行為をどこまで「許容するか」は文化圏によって大きく異なることが示されている[2]。
上下関係に厳しい国ほど、ハラスメントに「慣れて」いた
さらに面白いデータがある。
2010年のJournal of Cross-Cultural Psychologyの研究(被引用数141件)は、オーストラリアとシンガポールの従業員約320人を比較した。
上下関係を当然と受け入れる文化(シンガポール)の従業員は、いじめ的行為を受けても職場満足度の低下が比較的小さく、上下関係に敏感な文化(オーストラリア)の従業員は同じ行為でより強く傷ついていた[3]。
これは日本を理解するヒントになる。
日本は伝統的に上下関係の強い社会で、「上司の厳しさは当たり前」が長く続いた。それが急速に「対等・配慮」の文化に転換した結果、同じ行為への「痛みの感じ方」が世代や立場で分裂している。
上司世代の「これくらい普通」と部下世代の「これはハラスメント」は、どちらも嘘をついていない。基準そのものがズレている。
そもそも研究者ですら「定義」で揉め続けている
「だったら定義をはっきりさせろよ」と思うだろう。
それが、できていない。
2012年のInternational Journal of Management Reviewsの大規模レビュー(被引用数386件)は、40年に及ぶ職場いじめ研究を総括して、研究コミュニティ内ですら統一された定義に合意できていないことを「悩ましい問題」として明記している[4]。
プロが40年揉めている定義を、現場の管理職と部下が雰囲気で運用している。
「ハラスメントの種類が50を超える」日本の混乱は、ここから生まれている。
解決策:世界の人事が使う「4つの判定基準」
ただし、希望はある。
先ほどの13カ国研究[1]では、文化を超えて人事のプロが共通して使う判定基準が抽出されている。
①反復性:一回きりか、繰り返されているか
②実害:相手の心身や業務に実際の悪影響が出ているか
③意図:傷つける意図があるか
④業務上の合理性:その言動に仕事上の正当な理由があるか
期限を守らない部下への業務上必要な指摘は、④があるのでハラスメントではない。
人格を絡めて(「だからお前はダメなんだ」)繰り返せば、①②が立ってアウト。
この4つで判定すれば、「注意=パワハラ」でも「我慢=正解」でもない線が引ける。
そしてもう一つ。
2017年のノルウェーの自治体組織216団体の調査(被引用数78件)では、ハラスメント対応の成否を分けた最大の要因は**「曖昧な雰囲気の改善」ではなく、明文化されたルールと公式な手続きの存在**だった[5]。
空気ではなく、文書化された基準が職場を守る。
個人レベルでできること
組織の制度を待てない人向けに、論文から導ける個人の対策は2つ。
①「言い方」を技術として学ぶ。
4つの基準のうち、現場で一番コントロールできるのは「伝え方」だ。同じ指摘でも、人格に触れず事実と行動に絞る言い方は訓練で身につく。これは部下を持つ人だけでなく、子育てにもそのまま効く技術で、検定として体系的に学べるものもある。3時間で取れる入門級から始められるので、「注意の語彙」を増やす自己投資としてコスパがいい。
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②それでも理不尽な認定や本物のハラスメントに巻き込まれたら、記録と外部窓口。
4基準に照らして明らかにおかしい扱いを受けているなら、我慢は解決策ではない。
日時・発言・状況の記録を残した上で、社内窓口、それが機能しないなら転職や労働局という外の選択肢を持つことが、研究が示す「公式手続きの力」[5]を個人側から使う方法だ。
この記事の実践編として**『ハラスメントと指導の線引きチェックリスト+管理職のための言い換え文例30選』**をnoteで公開している。「これ言ったらアウト?」と迷った瞬間にそのまま引ける形にしてあるので、明日の1on1前のお守りにどうぞ。

今日の種は以上。
また次の種で会おう。
参考文献
[1] Workplace bullying across the globe: a cross-cultural comparison. Personnel Review (2018). https://doi.org/10.1108/pr-03-2017-0092
[2] Acceptability of workplace bullying: A comparative study on six continents. Journal of Business Research (2011). https://doi.org/10.1016/j.jbusres.2011.08.018
[3] Consequences of Workplace Bullying on Employee Identification and Satisfaction Among Australians and Singaporeans. Journal of Cross-Cultural Psychology (2010). https://doi.org/10.1177/0022022109354641
[4] Workplace Bullying, Mobbing and General Harassment: A Review. International Journal of Management Reviews (2012). https://doi.org/10.1111/j.1468-2370.2012.00339.x
[5] Ethical Infrastructure and Successful Handling of Workplace Bullying. Nordic Journal of Working Life Studies (2017). https://doi.org/10.18291/njwls.v7i1.81398


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