「ねえ、これすごくいい話だと思うんだけど」
義母がそう言って見せてきたのは、知り合いから勧められたというマルチ商法(MLM)のパンフレットだった。
友人がアムウェイをやっている。職場の同僚がネットワークビジネスの勉強会に通い始めた。家族が「権利収入」という言葉を使い始めた・・・こういう状況、実は珍しくない。
そして多くの人が経験するのが、「やめなよ」と言っても全く通じないという壁だ。
なぜ普通の、むしろ善良な人ほどハマるのか。なぜ周囲の制止が効かないのか。論文を漁ったら、かなり明確な答えが出てきた。
ハマる入口は「広告」ではなく「知っている人」
2014年にJournal of Public Policy & Marketingに掲載された研究(被引用数40件)は、米国で違法ピラミッドスキームと認定されて閉鎖されたMLM企業の実データを分析している。
その結果、参加者のほぼ全員が「対人的な影響」つまり知人からの勧誘で参加していたことがわかった[2]。
広告を見て自分から入る人はほとんどいない。
入口は常に、友人・家族・同僚という「信頼している人」だ。
これが第一の罠だ。
人は「情報の中身」より「誰が言ったか」で判断する。
知らない業者の儲け話は疑えても、義母の「いい話」は疑いにくい。
マルチ商法のビジネスモデルは、この信頼関係そのものを流通網として使う設計になっている。
さらに同じ研究では、経済的に落ち込んでいる地域ほど参加率が高いことも示されている[2]。
物価高で家計が苦しい、年金が不安・・・そういうタイミングを、この仕組みは正確に突いてくる。
「賢い人なら騙されない」は間違い
「うちの義母は普通に賢いのに、なんで」と思うかもしれない。
2018年のインドネシアの研究(被引用数25件)は、ポンジスキームやピラミッドスキームの投資者を調査して、不思議な結論に到達している。
金融リテラシーが高い人でも、これらの仕組みに引っかかっていたのだ[4]。
研究者自身が「freaky(奇妙だ)」と書くほどの結果で、知識だけでは防げない何かがあることを示している。
その「何か」を特定したのが、2020年にJournal of Financial Crimeに掲載された研究(被引用数28件)だ。
実際にポンジ・ピラミッド型の投資に参加した98人を調査した結果、参加を後押ししていたのは知識不足ではなく、楽観バイアス(自分はうまくいく)、確証バイアス(信じたい情報だけ集める)、フレーミング(見せ方による錯覚)、自信過剰といった心理バイアスの組み合わせだった[3]。
つまりこれは頭の良し悪しの問題ではなく、人間全員に標準搭載されている認知のクセが悪用されている。
賢い人ほど「自分は大丈夫」という自信過剰バイアスが強く働くことすらある。
「稼げない」ことは構造的に決まっている
では実際、儲かるのか。
2014年のJournal of Historical Research in Marketingの研究(被引用数76件)は、米国のMLM産業の歴史を分析して、規制当局と裁判所が一貫して注目するポイントを明らかにしている。
それは「外部顧客への小売が存在するか」だ[1]。
健全なビジネスは、組織の外にいる一般客に商品が売れる。
一方、違法なピラミッドスキームと認定される組織は、**売上のほとんどが「組織内部の会員自身の購入」**で成り立っている。
会員が自分でノルマ分を買い、新会員を増やし、その新会員もまた自分で買う。商品が外に出ていかない。
この構造では、末端の会員は数学的に稼げない。組織の収益源が「外の客」ではなく「あなた自身の財布」だからだ。
一番残酷な事実:被害者が加害者になる
2023年のVictims & Offenders誌の研究(被引用数23件)は、ピラミッドスキームの最も厄介な性質を指摘している。
被害者は金を失うだけでなく、新たな被害者を勧誘する「加害者」に転換させられる[5]。
義母が友人を誘う。
友人がその家族を誘う。
全員が被害者で、全員が加害者になる。
だから本人は「自分は良いものを勧めている」と本気で信じている。
詐欺をしている自覚など微塵もない。
「やめなよ」が通じない最大の理由がこれだ。
本人の中では、あなたの制止は「善意の邪魔」にしか見えていない。
解決策:「説得」ではなく「計算」をする
論文から導ける現実的な対処は3つある。
①正面から否定しない。
確証バイアス[3]がある以上、否定は防御を固めさせるだけ。
「あなたが心配」より「一緒に数字を見てみない?」が有効だ。
②「外部顧客がいるか」を一緒に確認する。
規制当局が使う判定基準[1]はそのまま家庭でも使える。
「会員じゃない普通のお客さんに、どれくらい売れてるの?」という一つの質問が、本人に構造を直視させる。
③家計の現状を見える化する。
経済的不安が参加の土壌になる[2]以上、不安そのものに対処するのが根本対策だ。
マルチの「権利収入」より現実的な家計改善・資産形成の選択肢を、専門家と一緒に並べてみる。
FPの無料相談は、義母世代の「老後不安」に正規のルートで答えを出す場として使えるため、積極的に活用しよう。
俺自身はFXで200万溶かした側の人間なので、「うまい話」に突っ込む心理は痛いほどわかる。
だからこそ言えるのは、判断力は知識ではなく仕組みで守るということだ。
基礎から金融を学べる無料セミナーに先に触れておくだけで、「月利〇%」と聞いた瞬間に違和感を持てる体が作れる。
この記事の実践編として**『家族がマルチ商法にハマったときの対応マニュアル|会話文例・段階別対処・金額上限の決め方』**をnoteで公開している。
「やめなよ」以外の語彙が必要になったとき、そのまま使える形にしてあるので、お守り代わりにどうぞ。
今日の種は以上。
また次の種で会おう。


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